2008-01-01から1年間の記事一覧

「浄土三部経」(78)

36 かの仏国土に生まれた求道者たちは、すべて、仏を見ることから離れず、法を聞くことから離れず、覚りの完成に至るまで、堕落することがない。

「浄土三部経」(77)

35 かの仏国土に生まれた求道者たちは、すべて、偉大な人物にのみ具わる三十二の特徴をそなえ、身体四肢は完全であり、精神の安定や神通力に熟達し、さまざまな智慧を巧みにはたらかせ、精神的素質が鋭く、感官がよく抑制されていて、了知をそなえた能力を…

「浄土三部経」(76)

34 アーナンダよ、かの仏国土における<教えを聞く修行者>たちは皆、一ヴィヤーマを照らす光をもっている。求道者たちは皆、百千億ヨージャナを照らす光を輝かしているのだ。」と。−−ただし、二人の求道者だけは、常に絶えずみずからの光明によってかの世…

「浄土三部経」(75)

33 かしこにすでに生まれ、今生まれつつあり、未来に生まれるであろうところの求道者たちは、すべて、一生だけこの世につながれている者どもであって、これ以後はただ、この上ない正しい覚りを得るようになるであろう。

「浄土三部経」(74)

かれらは、仏の音声につれてさとる覚り(音響忍)と、真理に随順するという従順さによって得られる覚り(従順忍)と、<諸々の事物には自体というものがなく、生ずることもない>と認知する覚りという、三つの<認めてたしかに知る働き>(忍)を得るのだ。…

「浄土三部経」(73)

32 アーナンダよ、世尊・かの敬わるべき人・正しく目ざめた人・無量寿如来がその下でさとりを開いたところの菩提樹がある。マカラ〔魚〕や、スワスティカ(卍)や、渦巻形、および、半月を以てあまねく飾られ、鈴や宝石や、黄金や、あらゆる宝石の装飾で飾…

「浄土三部経」(72)

19 この故に、ここにいる或る求道者が、 『わたしの国土もまたこのようでありたい。 わたしもまた、名や音声を聞くことにより、また、わたくしに見えることによって、 多くの生ける者どもを迷いから解き放ちたい。』と願うなら、 20 かれは疾く疾くすみやか…

「浄土三部経」(71)

17 そのとき、無量寿仏は解き明したまう−− 『これは実にわたしの以前からの誓願であった。−− <わたしの名を聞いた生ける者どもは、 いかようにしてでも常にわたしの国土に往き得るように>−−。』と。 18 わたしのこのみごとな誓願は成就した。 生ける者ども…

「浄土三部経」(70)

15 無量寿仏に見えるために多くの世界から、 <幸あるところ>に向かった求道者たちは、 それを聞きおわって広大な喜びを生じ、 すみやかにこの国土を眺めるでありましょう。 16 この高大な国土に来た者は、 すみやかに、超自然的な能力(神通力)と、 超人…

「浄土三部経」(69)

13 そのとき、偉大な名声ある者、仏の子 観世音と名づける人は立ち上がり、 『師よ。いかなる原因、いかなる縁によって、 世間の主であるおんみは微笑したまうのですか。 14 最高の真理を知れる人、ためを思いあわれみふかき人、 多くの生ける者どもを苦しみ…

「浄土三部経」(68)

11 そのとき、無量寿なる主は微笑して、 三十六億の千万倍の光を顔から放たれて、 千億の国土を照らしたまうた。 12 そのすべての光炎はふたたびそこに帰り、 また師の頭の頂に入った。 そのときかの光炎の消えたのを知って、 〔無量寿仏の本願の成就したの…

「浄土三部経」(67)

9 われらはかつて、この仏国土にきたときに、 よく利益を得たものだ。 見よ−−千劫の間に師の作りたまうた、 この夢のような国のありさまを。 10 見よ、仏は群れなす秀れた福徳を持ち、 求道者たちにとりまかれて輝きたまう。 無量光仏の光明は無量、威力も…

「浄土三部経」(66)

7 その花束は、かれらによってそこに投げられるやいなや、 たちまち百ヨージャナの傘の形となった。 麗わしい柄があり、 よく飾られて美しく映え、 仏の身体をあまねく覆う。 8 これらの求道者たちはこのように恭敬しおわり、 それに満足して、説いて言う−…

「浄土三部経」(65)

5 これらの求道者たちは、供養しおわって、 無量光の両足を礼拝し、 右まわりにまわり、このように語る−− 『ああ、この仏国土は稀有に輝く。』と。 6 かれらは無比の歓びに満ち、心が喜びに躍り上がって、 花束を撒き散らし、 師に対して、ことばを述べて…

「浄土三部経」(64)

3 十方に、多くの仏の国土があって、 そこここから求道者たちは、 導く人・無量寿仏を敬礼するためにやって来た。 4 さまざまの好き色あって、香り芳しく、うるわしい、 あまたの香の束を手にとって、 人間と神々とに供養せられる無量寿仏、 人々の最上の…

「浄土三部経」(63)

31 そのとき師はこの意味をいっそう詳しく説き明かすためにこれらの詩句を説かれた。 1 東方にガンジス河の砂の数のように、 それだけ多くの仏国土があって、 そこからかれら求道者たちは、 人々を導く人・無量寿仏を礼拝するためにやってきた。 2 さま…

「浄土三部経」(62)

30 十方の仏国土のそれぞれ一つの方角にいる、ガンジス河の砂の数にひとしい求道者たちは、かの無量光如来に見えるために、敬礼をするために、近く仕えるために、問いをなすために、また、かの求道者たちの集まりと、かの仏国土が見事な特徴や装飾や配置が…

「浄土三部経」(61)

29 いかなる生ける者どもでも、十たび心をおこしてかの如来を思念し、かの仏国土に対して渇望の心をおこし、そうして深遠な法が説かれるときに、満足を得て、たとえ一たび心をおこしただけにすぎないとしてもかの如来を思念し、かの仏国土に対して渇望の心…

「浄土三部経」(60)

28 また、誰であっても、かの如来を多く思念すること無く、またしばしば多くの善根を植えることもしないけれども、かの仏国土に心を向ける者があるならば、かれらの臨終の時分に、色も、形も、高さも、広さの点でも、修行僧たちの群にとりまかれている点に…

「浄土三部経」(59)

27 いかなる生ける者どもであろうとも、かの如来のことを、すがた形ある者としていくたびも心に思い、多くの、無量の善根を植え、覚りに心を向けて、かの世界に生まれたいと願うであろうならば、かれらが死ぬ時期が迫って来たときに、かの敬われるべき人・…

「浄土三部経」(58)

26 ガンジス河の砂の数に等しい諸々の仏国土にましますガンジス河の砂の数に等しい世尊・目ざめた人たちは、かの世尊・無量光如来の名を賞讃したり、ほめ讃えたり、名誉を宣揚したり、功徳を宣揚したりするのだ。それは何故かというと、いかなる生ける者ど…

「浄土三部経」(57)

3 世界を最微小の原子のごとく、 打ち砕いて微塵となしたとしよう。 その〔微塵の数〕よりもさらに多くの世界を 宝石で満たして、それらを布施する者があったとしよう。 4 これらの夥しい世界も功徳をもたらすけれども、 しかし、この世において、ただ <…

「浄土三部経」(56)

25 そのとき、師(秀註=釈尊)はこれらの詩句を説いて言われた。 1 一切の生ける者ども(秀註=<幸あるところ>に生まれた者ども)は、清らかな智慧あり、最高の真理を知り得た幸ある人々となり、 億劫の間も、あるいはそれ以上の間も<幸あるところ>…

「浄土三部経」(55)

24 アーナンダよ、かの仏国土にすでに生まれ、現在生まれ、未来に生まれるであろう生ける者どもは、すべて、永遠の平安(ニルヴァーナ)に至るまで<正しい状態>でいる者(必らず解脱の理想を達成する者)であると決定しているのだ。こういうわけで、かの…

「浄土三部経」(54)

23 実に、また、アーナンダよ、かの<幸あるところ>という世界には、時が来ると、天上の香水の雲から香水の雨がふり、天上のあらゆる色の花や、天上の七種の宝石や、天上の栴檀の粉末や、天上の傘や、幢や、幡は雨と降る。天上の宮殿や天上の天幕は空中に…

「浄土三部経」(53)

22 また、アーナンダよ、かの仏国土には、火とか、月とか、太陽とか、遊星とか、星宿とか、星群とか、暗黒とか、闇とかいうような名称をつけて表現することも全くない。また、夜とか昼とかいう名称をつけて表現することも全くない。家屋を所有するという思…

「浄土三部経」(52)

21 かの<幸あるところ>という世界では、午前の時分になったときに、風はあまねく四方に満ち、充ち満ちて吹きわたる。そこでは、きらびやかで、見るも美しく、種々の色、数多の色ある、種々の芳しい天上の香りに匂う宝樹を揺すり、あまねく揺り動かし、ゆ…

「浄土三部経」(51)

20 かの世界では、神々と人間との区別は存在しない。法を現に覚ることと、法を楽しむことに関しては<幸あるところ>という世界にいる人々は、他化自在天の神々のようであると見なすべきなのだ。

「浄土三部経」(50)

19 <幸あるところ>という世界にいる生ける者どもは、どのような宮殿でも、種々の宝石でできた百千の尖塔に飾られ、種々の天界の布をうちかけられ、美麗な座布団を敷いた宝石の長椅子のあるような宮殿を欲するときは、正にそのとおりの宮殿が、かれらの前…

比叡山法然堂参拝(5)

法然堂の法然上人像。