廣松渉「今こそマルクスを読み返す」(57)

 労働力という商品にはいろいろな特異性がありますが、労働力商品は物品のように既成物を受け渡しするという具合にはいかないこともその一つです。労働力商品の場合、買手の指定した仕方で現実に労働することがとりもなおさず受け渡しです。物品の場合には、まず受け渡しがおこなわれ、そのあとで使用がおこなわれる段になりますが、労働力商品の場合は、サーヴィスなどとも同様「受け渡し」と「使用」とが同時相即的になる次第です。
 資本家にとって、労働力商品の使用価値は、価値生産(価値形成・増殖)に役立てることです。労働力商品それ自体の価値は一定の大きさです。資本家はこの価値の通りに購入したのでしたが、彼はこの商品を使用することにおいて、つまり、それの使用価値を活用することにおいて、価値形成・価値増殖をもたらすことが可能です。簡単に言ってしまえば、労働力商品を使用することによって、労働力商品自体の価値(購入価値)より以上の価値増殖をおこなわせることが可能なのです。
 ここにも労働力商品の特性があります。一般商品は、固有価値を維持するのが関の山ですが、労働力商品は、それの使用によって価値増殖をもたらしうるという特性をもっております。一般商品は、他の使用価値を生み出すという使用価値はもっていても、価値増殖力はもちません。しかるに、労働力という商品は、他の使用価値ばかりか、追加価値をも生み出すという特質をもっております。
 労働価値説の立場からするかぎり、価値とは労働の対象化されたものであり、労働とは労働力の発現にほかならないのですから、労働となって発現する労働力のみが価値生産力をもつわけです。
 資本家が、資本財も労働力も価値通りに購入し、そして、製品を価値通りに販売することによっても、一定の利益を獲得することができるのは、実に、労働力商品のこの特性の故です。資本家が正当な商品取引を通じて価値増殖分を”正当に”取得できると言われるのは、労働力商品がそれ自身の固有価値以上の価値物となって対象化されうるというこの特性に負うてのことなのです。