廣松渉「今こそマルクスを読み返す」(54)

 産業資本家に目を向けてみましょう。議論の骨格が見え易くなるよう、今からようやく資本家になろうとしている”資本家の卵”氏に登場願うことにします。
 氏は、手持ちの資金で工場を建て、機械設備類を整え、原材料を購入します。氏は、また、労働者を雇用します。そのあと、氏は生産過程を発動させ、生産物を販売して貨幣を回収するわけで、「貨幣投資・購入……販売・貨幣回収」という「買−売」のかぎりでは商人とも共通します。この購入および販売という流通の場面で、氏は価値以下に買い叩いたり、価値以上で売りつけたりして儲ける可能性もありますが、売買はすべて価値通りにおこなわれるものとしましょう。購入も販売もすべて価値通りにおこなわれるのだとしたら、資本家氏は利潤を獲得できないのではないか? そう思われるかもしれません。が、実は、そうではありません。価値通りに購入し、かつ、価値通りに販売して、そこでなお利潤を獲得できるというところに産業資本の”秘密めいた”価値増殖機制があるのです。
 生産過程における価値増殖の”秘密”を解くためにも、労働力を価値通りに購入するとはどういうことか、また労働力という商品にはどういう特異性があるか、これについてあらかじめ特に一言しておかねばなりますまい。