廣松渉「今こそマルクスを読み返す」(53)

 流通過程は、それ自体では、社会的にみるとき、価値を増大させません。なるほど、個々人は流通過程で富を増加させることがあります。例えば、商人が資金で物品を購入し、その物品を販売して元金以上の貨幣額を回収するような場合、その商人個人は流通過程で”価値増大”を”実現”したと言えるでしょう。しかし、流通過程それ自体は、富・価値を産出するわけではなく、既存の価値を一者の手から他者の手へと移動させるだけです。流通それ自身によっては社会的に存在する価値の総量は殖えもしなければ減りもしません。個々人は、流通において、価値以下に買い叩いたり、価値以上に売りつけたりすることで、利得を獲る”価値増殖”を実現することが可能だとしても、流通過程だけの内部では、一方に得をする者があれば、他方に損をする者があるわけで、社会的富は増大しません。価値増殖が社会的に成立するとすれば、それは生産過程においてのことです。