廣松渉「今こそマルクスを読み返す」(46)

 マルクスは、商品が労働生産物であるということに留目して、商品に共通なあの価値の何たるかを析出してみせようとしているわけですが、一口に「労働」といっても「労働の二重性格」が区別されねばなりません。「商品の二要因」たる「使用価値」と「価値」とに応ずるかたちで、労働の側も、「具体的有用労働」と「抽象的人間労働」とに区別されます。
 具体的有用労働の対象化によって使用価値が産み出され、抽象的人間労働(人間労働がそれの生産のために支出されたということしか表わさない抽象的な人間労働)の対象化によって価値が現成する、というわけです。……こうして、「財貨が価値をもつのは、もっぱら抽象的人間労働がそれに対象化・物質化されているが故にのみである」という言い方をマルクスはしております。
 抽象的人間労働というのは決して”生理的エネルギーの支出”といったことではないのです。そして、「抽象的人間労働が対象化され・物質化される」「凝固する」というのも、決して文字通りのことではありません。