廣松渉「今こそマルクスを読み返す」(39)

 マルクスが『資本論』において開示したかった重要な意想(モチーフ)の一つは、こういう”近代的市民社会像”のイデオローギッシュな自己欺瞞性を、資本制社会の構造を分析してみせることで完膚なきまでに暴露することにありました。それも、単に暴露・告発するのではなく、また、単に実現さるべき理想的社会編制を対置・構想するのではなく、資本制社会の現構造が、その物象化された進展の赴くところ、いかなる構造的再編を余儀なくされつつあるか、いかなる社会体制の可能的条件を生み出しているか、これを見定めるのがマルクスの意想でした。
 この意想を成就するためにも、「資本制生産様式、および、この生産様式に照応する生産・交通の諸関係」を科学的に、「探求」すること(『資本論』初版序文)が課題となります。
 マルクスは、この課題に応えるにあたり、「商品」や「貨幣」というものの分析から始めます。これは一見迂遠のように見えるかもしれませんが、経済学(経済学批判)の一般的作業課題ということもさることながら、あの”近代的市民社会”像においては、労働者と資本家の関係ですら一種の「商品売買」関係とみなされているということの批判的検討を意図する以上は、商品とは何か、等価交換とは如何なることか、貨幣とその機能は如何なるものであるか、これの論究が先決要求になる所以です。