廣松渉「今こそマルクスを読み返す」(35)

 マルクス歴史観というとき、「従来の歴史は階級闘争の歴史であった」という『共産党宣言』の有名な一句を誰しも思い出すことでしょう。
 マルクス・エンゲルスの史観は、「階級闘争史観」だという受け取り方がひろく定着しております。しかし、人類史は階級闘争の歴史であったというテーゼは、そのままの形では『共産党宣言』以前の彼らの文典にも、以後の文典にも、出てきません。
共産党宣言』という政治文書では一見階級闘争史観を思わせる表現をとっておりますけれど、理論的著述の場合には、いささか違います。
 マルクス・エンゲルスは、まさに唯物史観によって階級というものを特定の生産関係の編制に見合うものとして規定し、そして、下部構造および上部構造における経済的・政治的・文化的な全戦線にわたる階級的対立の動態的均衡と、その遷移のメカニズムを、経済的土台たる生産諸関係に定位しつつ、説明する途を拓いた次第なのです。−−彼らの史観を一種の階級闘争史観と呼ぶとしても、それは単なる階級闘争史観ではなく、唯物史観によって基礎づけられたものであることを忘れてはなりますまい。いや、むしろ、後年のマルクス・エンゲルスは、原始無階級社会や、未来の無階級社会をも視野に入れて歴史を観じているのですから、彼らの史観はいわゆる階級闘争史観ではない、と言ったじょうが精確かと思われます。