「空想より科学へ」(3)

 サン・シモンが、フランス革命階級闘争と把握し、それも単に貴族とブルジョア階級とのそれにとどまらず、貴族、ブルジョア階級と無産者との間の階級闘争として把握したこと、しかも1802年に早くもそういう把握をしたことはきわめて天才的な発見であったといわねばならぬ。1816年彼は政治学をもって生産の学たるべきものといい、政治学は経済学の中に全く吸収されることを予言している。経済的状態が政治的制度の基礎であるという認識はここではまだやっと萌芽でしかないが、人間に対する政治的支配が物の管理と生産過程の指導とに切替えられること、いいかえれば「国家の廃止」ということが、きわめて明瞭に表示されているのである。
 フーリエにみるのは現在の社会状態に対する純フランス式な機智に富んだ批判で、しかもそれが相当深刻である。彼はブルジョア社会の物質的なそしててまた精神的な貧困を容赦なく摘発する。
 フーリエの、今日までの社会の全過程を、未明、野蛮、家父長制、文明の四つの発展段階に分ける。そしてこの最後の段階は、今日のいわゆるブルジョア社会、すなわち十六世紀にはじまる社会制度にあたる、そして彼はそれについて次のことを証明する、すなわち、「文明社会なるものは、野蛮時代に簡単な形で行なわれていたあらゆる罪悪を、複雑な、あいまいな、不明瞭な偽善的な形につくり上げる。文明は『悪循環』をくりかえすものであり、文明自身が絶えず新たに矛盾をうみ出しつつ、それを克服できないまま前進する結果、それが達成しようとするものあるいは獲得しようと見せているものとはまさに正反対のものとなる。文明社会においては貧困は豊富そのものから生ずる」と。