「浄土三部経」(5)


 ちょうどこのときのアーナンダと釈尊の情況のように、修行僧ダルマーカラは世尊ローケーシヴァラ・ラージャ如来に向かって合掌して言う。

  こよなきみ仏に無限の威光あり、
  王の中の王(であるみ仏)があらゆる方角を照らしたまうように、
  そのように、願わくはわたくしは、法の主である目ざめた人(仏)となって、
  生ける人々を老いと死から解放しよう。

  わたくしは、一切の生けるものどもの救い主である仏になりましょう。

  わたくしの国土(秀註=極楽)は、高貴にして、至高、最良のものである。
  
  十方から寄り集うた生ける者どもは、
  そこに往き、速やかに楽しく栄えるであろう。
  このことについては、み仏がわたくしの基準であり、わたくしの監視者である。
  わたくしは、偽りなき、精進の力ある願い(秀註=弥陀の本願)を生ずる。

  たとえわたくしがアヴィーチ(阿鼻地獄・無間地獄)に行き、そこに常にとどまることになろうとも、
  誓願の力をひるがえすことはないようにしよう。