廣松渉「今こそマルクスを読み返す」(17)

 マルクスは社会構造体を建物の比喩を用いることで、土台と上部構造とに分節化して述べております。「土台」に比定されているいわゆる下部構造が物質的生産の経済的諸関係の一総体であり、それのうえに、(イ)法制的・政治的な上層建築、および(ロ)一定の社会的意識形態、この両者が位置するとされます。他の文典では、(イ)(ロ)が一括して「上部構造」と呼ばれている例もあります。
 この比喩は、屋舎は土台があってはじめて成り立つこと、土台が揺るげば屋舎が倒れること、土台こそが決定的な要因であることを言っているには違いありません。がしかし、土台だけでは建物になりません。現に社会構成体という建物は屋舎あってのものです。しかも屋舎というものは、決して、単に乗せられている受動一方のものではなく、これが反作用的に土台を圧しつけていることもまた事実です。(エンゲルスは土台が基本的な規定要因であるとしたうえで、しかし、上部構造が下部構造を反作用的に規定する事実をも強調しております)。
 上部構造が下部構造を圧しつけている、上部構造が下部構造に圧し被さっている、という比喩で含意されている基幹は、政治的・思想的な支配体制にほかなりません。マルクスは当然、この逆ヴェクトルの規制関係をも勘案していると思われます。