柳宗悦「南無阿弥陀仏」(16)

 13.来迎不来迎


 慧心筆と伝えられる二十五菩薩来迎図
 神秘的な山越の弥陀
 観音、勢至の二脇士を伴った弥陀の三尊来迎図
 浄土の法門と来迎の思想とは離すことが出来ぬ。
 大経第十九願「たとひ我れ仏を得たらんに、十方の衆生菩提心を発こし、諸々の功徳を修し、至心に発願して、我国に生れんと欲せんに、寿終の時に臨みて、もし大衆を囲繞して、その人の前に現ぜずば、正覚を取らじ。」
 浄土の国に往いて生れるのは、自らに資格があって往けるのではない。仏が来り迎えるので浄土に往けるのである。往生の真意は浄土への到達ではなくして、浄土からの引接(いんじょう)なのである。この引接が来迎である。