「資本論初版 第1章」(7)

 〔第5項 価値の大きさ〕 つづき
 従って、もし商品の生産に必要な労働時間が一定ならば、その商品の価値の大きさは一定に留まるだろう。しかるに、その所要労働時間は、労働の生産力が少しでも変われば、変わるものである。〔しかるに〕労働の生産力はさまざまな事情によって決められているが、主なものは次の〔五つの〕事情である。〔第1に〕労働者の熟練〔技術〕は平均的にみて〔全体として〕どの程度か、〔第2に〕科学はどの程度発達しており、それは工業にどの程度応用されているか、〔第3に〕個々の生産過程同士がどの程度結び付けられているか〔交通・通信手段の発展、コンビナートなど〕、〔第4に〕どの程度の性能の生産手段がどの程度広く使われているか、そして〔最後に〕自然条件である。〔最後の自然条件についていうと〕例えば、同じ労働量をもってしても、天気のよい年には8ブッシェルの小麦が取れるのに、悪い年には4ブッシェルしか取れないとか、同じ労働量でも豊鉱では貧鉱におけるよりも多くの金属が得られる、等々である。ダイヤモンドは地表にはめったに見られないので、一般的にはその発見に多くの労働時間を必要とする。従って、それは極く少量で多くの労働を表すことになる。ヤーコブは、金(きん)がかつてその価値通りに支払われたことがあるだろうか〔いつも値切られているのではないか〕と疑っているが、このことはダイヤモンドについては一層よくあてはまる。エッシュヴェーゲによると、1823年には、ブラジルのダイヤモンド鉱山のそれまでの80年間の総産出高が、〔その価値に関しては〕ブラジルの砂糖農園とコーヒー農園の一年半分の平均生産高の価値にすら及ばなかった。〔が、こういうことが起こるのは、ダイヤモンドの価値が不当に低いからである。〕もし今より豊かなダイヤモンド鉱山があるなら、同じ労働量でもっと沢山のダイヤモンドが得られ、その価値は下がるであろう。〔また〕ほんの少しの労働で石炭をダイヤモンドに変えることができるならば、ダイヤモンドの価値はレンガの価値以下に下がることも可能である。一般的に言って、労働の生産力が大きければ大きいほど、品物の生産に必要な労働時間は小さくなり、その品物の中に結晶している労働量も小さくなり、その価値も小さくなる。逆に、労働の生産力が小さければ小さいだけ、品物の製作に必要な労働時間は大きくなり、その価値も大きくなるのである。すなわち、商品の価値の大きさは、その商品の中に実現されている労働の量に正比例し、その労働の生産力に反比例して変わるのである。